大阪地名研究所

合併をめぐる市町村名や駅名、区名など、地名に関する話です。

日本地名研究所 会員(2018年より)
関心分野ー 市町村名(合併にともなう変遷、行政地名) 、消滅地名、駅名、ネーミング、韓国の地名など
関連論文ー 筑波研究学園都市の合併問題と新市名の選定過程(1987年)

特別区の名前と選挙結果

選挙の結果を見て、区名の与えた影響を考えている。
4つの特別区になると、区名の以下のように変わる。
北区 → 北区 ◯賛成
福島区 → 北区 ◯賛成
都島区 → 北区 ◯賛成
鶴見区 → 北区 ◯賛成
城東区 → 北区 ◯賛成
旭区 → 北区 X反対
東成区 → 北区 X反対

東淀川区 → 淀川区 ◯賛成
淀川区 → 淀川区 ◯賛成
西淀川区 → 淀川区 X反対
此花区 → 淀川区 X反対
港区 → 淀川区 X反対

西区 → 中央区  ◯賛成
中央区 → 中央区  ◯賛成
浪速区 → 中央区 ◯賛成
住吉区 → 中央区 X反対 
住之江区 → 中央区 X反対
西成区 → 中央区 X反対 
大正区 → 中央区 X反対

天王寺区 → 天王寺区 X反対
阿倍野区 → 天王寺区 X反対
東住吉区 → 天王寺区 X反対
平野区 → 天王寺区 X反対
生野区 → 天王寺区 X反対

区名が変わらない4区のうち、反対が多かったのは天王寺区のみ。
中でも淀川区の賛成の多さが際立っている。

エリア別で見ると、新しい北区は旭と東成以外はすべて賛成となっている。
北区のブランドの強さが感じられる。
それでも北区の辺境となる旭区と東成区には通じなかった。

新しい淀川区は大きく2分されている。
此花区や港区が淀川区になるのは、他の市民から見ても感覚的に違和感がある。
一方、区名が一部残るのに西淀川区では反対のほうが多かった。
区名だけではない反対の理由が感じられる。

また中央区も西区、中央区、浪速区とそれ以外に2分。
住之江、住吉、西成の名前が消えることに抵抗が多かったように思われる。
たとえ中央という名前だったとしても。
こちらも住吉や住之江など南にある区が中央というのに違和感がある。
中央という名前があれば喜んで受け入れるはず、という考えがあったのではないか。
地域感情を甘く見えていたようである。

天王寺区は全エリアが反対。
中でも阿倍野区と平野区の反対の多さが際立っている。
あべのハルカスや駅名にも名前を残す阿倍野と、昔は独立した町だった平野。
名前が消えることへの強い抵抗が感じられる。

区名は話題にはならなかったが、区名や区割りについて、もう少し検討すれば結果は変わったかもしれない。
個人的には東成郡、西成郡の歴史を残す東成区、西成区の名前が消えることに強い抵抗を感じる。
ただ特別区の区名としては採用されづらいのはわかるけれど。


安甘橋/アンカムギョ/안감교

城北川に架かる橋の名前。
安 は近くの地名から安岩洞から一字を取ったと思われる。
ところが 甘 が分からない。現在、近くに甘の字を含む地名が存在しない。
橋の名前の由来を調べると、以前は「安岩橋」であったが、1997年に現在の名前に改称したとある。
なおさら「甘」の意味がわからない。

ただ以前、ソウル歴史博物館でソウルの地図を見ていたら、このあたりに安甘の地名を見かけた。
そこには安甘川の地名があった。
もしかしたら安甘とは城北川の旧名かもしれない。
さらに「甘」の由来が気になるが。。。

空港の名前ー東京茨城空港の違和感

茨城空港の海外向けの愛称を東京茨城空港とする話があった。
東京以外に東京と名乗るものは多い。
有名なところで東京ディズニーランド(千葉県)。
新東京国際空港(千葉県)。
その流れで見ると東京茨城空港もおかしくはない。
この場合の東京と言う名称は、海外から見た意味での「東京」である。
ちなみに空港は東京駅からは約100km。
海外では町からそのぐらいはなれた空港は確かにある。
空港バスで約1時間40分。1500円。
ただ違和感があるのは、東京と茨城の地名を並べたところにある。
茨城空港とは茨城県にある空港という意味の名称である。
しかし茨城県は東京の一部ではない。関東地方の一部というのであればわかる。
だから東京の下に茨城が表記されているのはおかしい。
空港のある地名でもある百里に東京をつけ、東京百里空港ならまだ理解ができる。
東京を代表する、百里という地名にある空港となるからである。
あるいは現在空港が存在する地方公共団体の小美玉市の名称をとって東京小美玉空港でも良い。
茨城という地名が、空港のある場所の名称としてはこう行き過ぎるため、違和感が残る。
そのせいか、今回東京茨城空港は採用されないこととなった。
やはり地名は無理につければ良いというものではない。



大阪における「まち」と「ちょう」

市の中にある「町」のの呼び方は「ちょう」なのか、「まち」なのか。
一般的に東日本が「ちょう」、西日本が「まち」と言われることもある。
しかし実際は、東日本の東京にも御徒町(おかちまち)や田町(たまち)、市ヶ谷台町(だいまち)とあるので、一概にそうとも言えない。

西日本の大阪にも「まち」「ちょう」が混在している。
南森町(みなみもりまち)や本町(ほんまち)など「まち」がある一方、兎我野町(とがのちょう)や悲田院町(ひでんいんちょう)などの「ちょう」もある。

日本統治時代のソウル(京城)の●●町が(まち)だったか(ちょう)だったか。
これは興味深い。
実際の呼び方は、当時の資料に残されたハングルを見ればわかるのではないか。


地名の住民投票(篠山市)

篠山市から丹波篠山市に改称するかどうか、住民投票が行われることになった、

https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201810/0011716177.shtml

区名の選定や合併の際に、新しい区名や市町村名について住民アンケートが行われることがある。
ただ住民投票は珍しい。

安平、厚真、胆振

9月6日の北海道の地震で、ニュースにあふれた地名。

●安平町(あびら)
勇払郡安平町。
2006年、早来町と追分町の合併により誕生。
実は早来町と追分町はかつて1つの村(安平村)、1952年に追分村が分村するにあたって1954年に安平村が早来村に改称した経緯があった。だから合併でもとに戻るにあたり、50年ぶりにもとの村名が復活したことになる。分区で以前の町名が採用されることがあるが、市町村合併では珍しいケース。「あびら」はアイヌ語由来の地名とも言われている。

●厚真(あつま)
勇払郡厚真町。
1906年の二級町村制施行時から、厚真(あつま)であり、現在まで合併を経験していない。
こちらの地名もアイヌ語由来らしいが、はっきりしていない。

●胆振(いぶり)
昔は胆振支庁、現在は胆振総合振興局。胆振地方ともいわれる。
でもまず知らないと読めない地名。
由来はこの地域にあった胆振国。この胆振という名称は斉明天皇の時代、阿倍臣が胆振鉏の蝦夷を饗応したという故事にちなむ。この胆振鉏(いぶりさえ)が現在の胆振国にあたる、という証拠はない。新井白石は名前から勇払(ゆうふつ)郡にあったと推定し、北海道の名付け親である松浦武四郎
は胆振国の地域にアイヌ人が多いことから胆振鉏であると類推したらしい。だから実際は胆振鉏が現在の胆振の地にあたるかわからない。ただ胆振鉏という地名が近代になって一部改称しながら復活し、現在まで地方名と使用されていることになる。

#このたびの被害に合われた方にお見舞い申し上げます

大阪の地下鉄路線名

大阪の地下鉄路線名は、道路名が多い。

御堂筋線
堺筋線
谷町線
千日前線
中央線
四つ橋線
今里筋線
いずれも、道路名である。

長堀鶴見緑地線
長堀も道路名である。

中央線
こちらも中央大通の下だから、道路名と言える。

大阪では南北を走る通りの名称は、筋という。
南北に走る路線は5本ある。
この中で気になるのは、「筋」がつく路線と「筋」がつかない路線があることである。
御堂筋線、堺筋線、今里筋線は筋がついている。
谷町線、四つ橋線は、筋がついていない。
この違いは何なのか。
なぜ谷町筋線、四つ橋筋線ではないのか。
一つ考えられるのは、谷町、四つ橋はそれぞれ地名として存在し、谷町4丁目、6丁目、9丁目駅や四つ橋駅など、それぞれ駅名があることである。
御堂筋線には御堂駅や堺駅などはない。
あと、考えられるのは文字数である。
みどうすじ、さかいすじは5文字。
たにまちすじ、よつばしすじは6文字。
あるいは文字数のために谷町線と四つ橋線は筋を外したかもしれない。

しかし、いまざとすじも6文字である。
また今里筋線には今里駅がある。
今里筋線を今里線にしなかった他の理由があるかもしれない。


国名の変更ーエスワティニ王国(旧スワジランド)


アフリカにあるスワジランド王国。
国境がすべて南アフリカ共和国という珍しい国である。
そのスワジランドが2018年、国名を変更するという。
新しい国名は、エスワティニ王国。
ちなみにスワジランドとは、植民地時代からの名称で、スワジ人の国(ランド)という英語が由来であった。
それが今回、スワジ語の名称である「エスワティニ」に変更される。

アフリカではローデシアからジンバブエ、ダオメーからベナン、コンゴからザイール、そしてまたコンゴへといくつか国名を変更するケースが見られる。ローデシアや今回のスワジランドは、植民地を経て国名が命名されたという経緯が絡んでいる。そのスワジランドも独立から50年を経て、やっと今回の改称となった。

またアジアでもセイロンからスリランカ、グルジアからジョージアなどへの変更があった。ただジョージアについては対外的な国名の表記の変更で、国名の変更には当たらないかもしれない。この表記の変更はジョージアの反露感情が絡んでいる。

またヨーロッパではマケドニア(前ユーゴスラビア)から北マケドニアへの国名変更があった。こちらはマケドニアの地名を古来の地とするギリシャとの関係が絡んでいる。

箕面萱野駅、箕面船場阪大前駅

大阪の駅名の特徴の1つに「長い」というのがある。よくあるのが隣接する2つの町の名をならべた連名駅名。喜連瓜破駅、関目高殿駅、千林大宮駅、野江内代駅など。または四天王寺夕陽丘駅など、神社名と地名を並べたものもある。さらに天神橋筋六丁目駅など、連名でもないのやたら長い駅名もある。



北大阪急行が延伸することになった。この延伸により新設される駅名が決定した。

箕面萱野駅

箕面船場阪大前駅

漢字4文字と7文字。大阪の駅名に対する傾向がしっかり引き継がれている。ただ今回の駅名は、2つの地名を並べたものではない。そのあたりが気になる。

まず、箕面萱野(みのおかやの)駅。

萱野は箕面市の町名にあたる。駅名として駅のある地名を採用する。これは問題ではない。ではなぜ萱野駅ではなく、箕面萱野駅となったのか。この場合の箕面は萱野よりも広範囲を示す地名である。このような命名は、同名の駅名があってまぎらわしい場合につけられることが多い。

ところが萱野駅は他にない。

ではなぜ箕面萱野駅と箕面にあることになったのか。

こちらは当初、駅名の案は新箕面駅であった。つまり、箕面方面への延伸が今回の謳い文句である。しかも終点である。萱野より知名度のある箕面を採用するのは理解できる。

ではなぜ新箕面駅にならなかったのか。駅名は公募をもとに、駅名検討会議が検討した。会議の参加メンバーは地元自治会、協同組合、大学、鉄道会社など地元の団体からなる。結果から見ると、箕面を駅名に残したい意見と、萱野の名前を採用したい意見の折衷案のように思われる。また同じ市内にに箕面駅と新箕面駅が共存する混乱も考慮されたのではないか。

続いて、箕面船場阪大前駅。

船場は大阪市にある有名な地名である。しかもこの船場という地名も、大阪市の船場にある問屋が箕面に移転したことに由来する。船場駅は実際にはないが、混乱することは十分に予想される。これは箕面船場駅とするのは正解であったかもしれない。

問題は阪大前の名前までついたことである。これは阪大箕面キャンパスに由来するが、現在、箕面キャンパスは駅の近くには存在しない。ただたしかに、駅の近くに移転予定である。確かに駅名の印象として大学の名前をいれる傾向はある。ただ阪大のキャンパスは箕面だけではない。豊中キャンパスや吹田キャンパスもある。駅名に名前をいれることで、阪大の中心が箕面船場の箕面キャンパスにあるという誤解を招く可能性がある。また駅名としてすでに4文字の駅名に、さらに3文字を追加する必要があるだろうか。並列でなくても副駅名、たとえば箕面船場(阪大前)駅でも良かったのではないか。ちなみに阪大はこの駅名選定委員会のメンバーにも入っている。

今橋(いまばし)@大阪

東横堀川にかかる橋。
今とは新しいという意味。
つまり新橋と同じ意味となる。
最初に橋がかけられたのは安土桃山時代らしい。
しかしその「今」から長い年月がたち、「今」ではなくなてしまった。
ただ、「今」という名前を橋に名前をつけた気持ちだけが今にまで残っている。
DSC02621DSC02239
最新コメント
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ